何度でも見直して立ちあがる

あっさり日常が回復していくなか、改めて、自分を探る日々が始まっている。

コロナにもたらされた気づき

コロナによってもたらされたものは、人それぞれなのだろう。仕事には影響がなかった人も、生活の変化を余儀なくされる中で、選択の順序は変わった。譲れない、大切なものは何か?

コロナによって、”これまでのおどるなつこ”への需要がなかったことは身にしみてわかり、集団レッスンもパフォーマンスも停止して1年半がたった。「集まれない」を優先した結果わかったことである。
2020年は、生きづらさを抱える若者たちへの振付のお仕事と、あしプロの法人立ち上げや、障害ある若者たちの練習継続など、必要とされる場があることに支えられて、思考のチャンスを逃していたのかもしれない。

心を病む中から感じるもの

2021年の春もパフォーマー自粛期間は続き、気がついてみれば、成果を持たない、需要もない”自称おどるなつこ”、が残っていた。私にとって、踊るというのは、何かを伝播しあう方法であり、相手のいない状態で踊って過ごすことに限界を感じていたのに、それでも、何かしているつもりでいてしまったのかもしれない。

楽しいことを紡いでいきたい。相対した人が喜ぶ姿を見たい。集団でわくわくと新しい遊びを作り出したい。これは子どもの頃からの私の習性でもあり、それに反して、ひとりでじーっと穴蔵に潜むような部分がこっそりとある。
メリハリをつくれない1年半で、この半年とうとう心身のバランスを崩していた。なんとか生き延びられたこと、どんな状態であろうと関係を紡ぎ続けている方々へ、心から感謝している。

この秋、あしプロの現場がいくつか続いて、仕事をできる喜びが、少しづつ私の思考力を戻し始めているように思う。
とはいえ、あしプロの仕事はこれから葉を茂らせていくものであり、その根幹であるはずの”おどるなつこ”が価値を失っては本末転倒。価値を感じて、お招きくださっている方々にとっても。

生きている願いを見直す

私のしたいことは、わくわくとそれぞれのエネルギーが花開いた大きな輪をつくること。
である以上、”自称おどるなつこ”から、改めて立ち上がり直すしかない、と実感する。

私が伝えられること、多くの人の助けになれることは何か?
新たな道を拓くために、ゼロから探り直すのはどこか?

改めて掘り出して、届けられるように磨いていかなければ。

模索を始めていた回踏太陽の作品は、じわじわと反応を増やしている。ユニットとして創作できることへ、未来を感じている。見直して立ち上がり、さまざまな経験をすべて、表現に転化していきたい。

今後の活動を応援いただけたら嬉しいです。
どうぞよろしくお願いします!

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